【80日目】プノンペン散策、トゥール・スレン虐殺犯罪博物館へ

2018年1月29日:カンボジア(プノンペン(PHNOM PENH))

今日は1日観光します^^

まずは宿からトゥール・スレン(S21)虐殺犯罪博物館を目指します。

宿から3キロほどなので歩いて行きます^^

途中に独立記念のモニュメントがある公園に立ち寄ります。

ここのすぐ近くには北朝鮮の大使館があります。

この建物が北朝鮮の大使館

やはり同じ社会主義国としてメイン通り近くの一角に大使館があるようです。

(ホーチミンではカンボジア大使館の隣がキューバ大使館だったりと社会主義国同士は繋がりが強いようですね)

歩いてると小腹が空いたのでカフェで少し休憩♫

カフェが多いので直ぐに休憩できて良い♫ 東南アジアは値段も味もGOODです!

そして到着しましたトゥール・スレン虐殺犯罪博物館。

約40年前、ポル・ポト率いるクメール・ルージュによって多くの罪も無い人達がここで拷問の末、処刑されました。

クメール・ルージュがカンボジアを独裁支配した期間は短くたった2年9ヶ月です。その間に20000人近くの人が収容され無事に生きて帰還できたのはたった8人です。

クメール・ルージュとについてちょっとだけ解説しておきます。

ザックリとしか書かないので興味がある人は自分で調べてみて下さい!

クメール・ルージュはベトナム戦争の影響で弱体化したロン・ノル政権を倒し、カンボジアを制圧。

クメール・ルージュは毛沢東思想に強く影響を受け原始共産制を強制していきました。

原始共産制は近代的なものは全てて捨てて昔の人達みたいに農業中心の生活にしようって考えです。

(ベトナム戦争時に北ベトナムの輸送ルート(ホーチミンルート)がカンボジア国内を通っていたことからアメリカ軍が大量の空爆をし、農業のインフラが壊滅的打撃を受けていたのでそう対応で農作物の生産を増やす必要はありました)

そのため、クメール・ルージュがカンボジアを支配した直後からプノンペンのような都市部に住んでいた人や今まで別の職業だった人も農村に移住させられ農作業を強制させられました。

(他にも国民の私財は全て没収、宗教NG、近代化学は全否定、貨幣も無くしたりしました)

農業未経験者に農業を強制かつ近代科学を否定しているため作業で使用する機器は旧古代で使っていたようなものです。こんなので農業が上手く行くはずがないです。しかも影響を受けている毛沢東が中国で行なった「大躍進政策」が同じようことで大失敗して多くの人が飢餓に苦しんだのに何故同じようなことやるんだろ。。。

結局、うまく生産性を上げれず飢餓に苦しんで多くの人がカンボジアでも亡くなってしまっています。

そして医者や先生、芸術家、海外に留学経験があるような知識人は反乱する可能性があると考えられまっさきに処刑されていきました。当時海外に留学していた学生や海外で働いている人に対して「カンボジアの発展のために帰国して手を貸して欲しい」といった文書を送り帰国させ、その後処刑するといったことも行ない。知識を持った人を徹底的に処刑していきました。

「原始共産制のもと革命は成功したはずなのに何故国は発展せず貧しいままなのか」→誰か他国のスパイがいて邪魔しているんじゃないか?

という考えもあり、一般人及びクメール・ルージュ内のメンバーにおいてもスパイ疑惑(適当にこじつけた理由とか根拠のない理由)があると収容所に収容され拷問、処刑されていった。

カンボジア人が同じカンボジア人を拷問&処刑し、それを行なっていた側も秘密保持のためにその後処刑された。

クメールルージュ支配時に多くの人が処刑、飢餓で亡くなっておりその数は諸説ありますが200万〜300万人に及ぶと言われています。現在のカンボジアの平均年齢を見ると40歳以上の人口が極端に少なくなっています。また、当時クルール・ルージュに属していた人、処刑などをしていた人もクメール・ルージュ崩壊後は普通に暮らしているため、クメール・ルージュについての話はカンボジア人同士ではタブーみたいになっているようです。

カンボジアの方に聞いたのですが、現在、現地の学校では当時の歴史についてはあまり教育されないようです。

そのためかクメール・ルージュの象徴(制服)でもある白と薄い赤のチェックのストールが多くのお土産屋で売られていたり若者が普通に身につけています。(カンボジア入国して直ぐにそのストールを巻いた若者がいたので「まだクメール・ルージュ派がいるのか!」って勘違いし驚きました)

逃げれないように壁は有刺鉄線になっています

実査に収容され拷問されていた部屋が公開されています。(血の跡が残っている部屋などもあります)

収容所(校内)の真ん中にある中庭には犠牲者の慰霊碑が建てられています。

トゥール・スレン虐殺犯罪博物館では日本語のガイドテープも借りれます(有料です)ので是非ガイドを聞きながら見て欲しいです。

その後、国立博物館へ行きクメール王朝のレリーフを満喫しました♫

夜は少しスラム街みたいになってるとこの屋台に行って見ました。

夕食はカンボジア料理の中で好きなロックラック!

お父さんが手際よく作ってくれます。

待ってる間にお母さんが娘と写真を撮って欲しいと頼まれたが娘が大暴れして撮れない(^◇^;)

他の家族からも頼まれて撮影^^

そして出来上がったロックラックを美味しく頂きます!

明日はもう1日プノンペンに滞在するのでまたどこかへ出掛けようと思います!

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